きけ、わだつみの声 : レヴュー(MOVIE)
(Update:2005/04/17)
【公開】 1995年06月03日
<監督>出目昌伸 <原作・脚本>早坂暁 (以上、敬称略)
〔あらすじ〕
1995年、真夏のラグビー場で仲間たちとスクラムを組んでいた鶴谷勇介(緒方)は、ボールを追って相手にタックル、激突......。
気がつくと、周囲の様相が一変。
秋雨に煙る神宮外苑、ずぶ濡れになって行進する学生の大集団。
鶴谷(緒方直人)は周囲の学生に、どぉなっているのかと尋ねると「戦争」だと答える。
その男たち・勝村寛(織田さん)、相原守(風間トオル)、芥川雄三(仲村トオル)はそれぞれ明大、早稲田、東大のラグビー仲間だった。生きて再び、ここでラグビーをやりたいという彼らの言葉に、鶴谷は強い衝撃を受ける。
1943年10月21日に挙行された学徒出陣大壮行会の真っ只中に身を置いていたのだ......。
鶴谷は、なぜ兵役を拒否しないのか、なぜ戦争に反対しないのかと勝村たちに問いかけるも、誰もが笑い飛ばす。
鶴谷は、こんな理不尽な命令に従うことはできないと、自ら逃亡者の道を選ぶのだった。
そしてラグビー仲間の4人はさまざまな思いを胸に抱いたまま、フィリピン戦線、沖縄戦線、そして徴兵拒否と、それぞれの道を歩むことになった。
陸軍少尉に任官された勝村はフィリピン戦線に、その輸送船の中で相原と再会する。
しかし、程なくして米軍の爆撃を受け、命からがらリンガエン湾に泳ぎつく。
相原は足を銃撃され重症を負うことに。たどり着いた野戦病院では、橋本婦長(もたいまさこ)、津坂映子(鶴田真由)ら従軍看護婦たちが、傷病兵の看病に追われていた。
勝村は、激しい戦いが繰り広げられているなかで、1機、また1機と日本機が敵の艦隊に体当たりしていくさまを見る。
この"特攻"という作戦を初めて知り、烈しい憤りと悔しさでいっぱいになる。
一方、航空隊に入隊した芥川は、特攻志願者を募る司令官の言葉に、親や兄妹、友、故郷の美しい山や川、それらを救うためなら自分の命を投げ出してもいいと思うようになっていた。
そして、特攻部隊に配属された芥川は、1日だけの休暇に故郷を訪れるのだった。
そこで、恋人・三千代の死を知る。
芥川は、母親と故郷に別れを告げ、出撃命令を受け取る。
操縦かんを握って飛び立つ芥川。彼は今、なんの気負いも迷いもない。
フィリピン戦線はさらに激化、日本軍は各地で敗走を続けていた。
野戦病院にも戦火が迫る。
そんななか、勝村の部隊は後退することになった。
部隊の半数は既に戦死、そして医薬品も弾も底をついたころ、勝村は相原と津坂映子に負傷兵と看護婦を連れて降伏することを命じた。
相原は勝村にも同行をすすめるが、勝村は受け入れなかった。
投降者の手榴弾をかき集め、ラグビーボールのような塊をつくり、命があったら神宮のグランドで会おうと相原に言い残し、勝村は、その手榴弾を脇に抱え「最後のトライだ!」と叫び、敵地に向かって駆けていくのだった。
一方、憲兵や警察に追われる鶴谷は、広島への原爆投下のニュースを知る。
これで戦争は終わったと確信した鶴谷は『みんな、帰ってこい』と呼びかける。
鶴谷の声に応えるかのような、そんな勝村や芥川、そして戦地に散った者たちの幻を見た鶴谷は、ふと1995年の、あの真夏のラグビー場に戻っている自分に気がつく。
鶴谷の周りには、勝村や相原、芥川ら学徒出陣で出会った仲間たちがボールを持って立っている。
〔感想〕
1950年に公開された「きけ、わだつみの声」のリメイク。
今回、織田さんが演じたのは登場人物の中でただ1人、心変わりする、日本がやっていることは正しいと信じて戦地に行くも厳しい現実を突きつけられ、死を選ぶ瞬間には"自分は何か"を確かめ、ひとりのラグビーが好きな男として死のう、という、そぅいぅ役でした。
織田さんも7〜8kg減量し、坊主頭にして挑んだ作品。
戦争映画というよりも青春映画だと強調されていました。
予告編では、"涙の数だけ、別れがあった"、とか、"僕たちは、心に鍵をかけて戦地へ向った。" というキャッチコピーが......。
また胸をうつセリフも多く、中でも、出征を間近に控えた勝村が幼なじみで遠縁の「むらい秋子」と急いで結婚し、「アキちゃん、別々に寝よう」、「僕は帰ってこれない気がする。いや、帰ってくるよ、一生懸命頑張る」、「たった一晩で、アキちゃん未亡人になって苦しむことなんてないよ」などなど。
また、いよいよ勝村が突撃死をとげるまでのシーンでは「俺が闘うことで、敵が母や妻に近づくのを1日でも、1時間でも遅らせたい」、このセリフが、また泣かせてくれます。
相原も出征の際、「僕はお父さんたちが始めた戦争を闘ってきます」と父親に言うセリフも然り。
決して背くことのできない敷かれてしまったレールの上をただ愛するものを守るために、その思いだけが戦地へ背中をおす、そんな凄まじい時代を背負った若者たちの苦悩。
なかなか戦争の映像というのは自ら観ようとは思えないものですが、織田さんが出演されていたお陰で観ました。
少し気になったのは、戦時中「英語」は敵国の言葉で、その言葉を使ったら大変だったと思うのですが、そぅいぅ箇所が幾つかあったことが微妙に気になりました。 皆さんはどんな感想をお持ちですか......。
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